薔薇族

薔薇族は古くからのファンの数が非常に多い

歴史のある本の一つ薔薇族

ゲイ雑誌の中でも最も有名な物と聞かれた時に「薔薇族(ばらぞく)」の名前を挙げる方は少なくありません。

1971年の7月に創刊号を発売した薔薇族は、全国で七番目に創刊された老舗になります。

1971年当時は、2016年の現在ほどホモについての扱いが柔和ではなく、かなり風当たりの強い物になっておりました。

そのため薔薇族以外の雑誌は全て会員制となっており、町の本屋さんでゲイ雑誌を見かける事はありませんでした。

しかし、薔薇族はそういった風潮をものともせず、日本では初めての商業誌としてデビューを飾る事ができました。

こちらが発売されたのは、第二書房という伊藤禱一さんが立ち上げた出版社です。

元々伊藤禱一さんは第一書房で働いた事もあり、第一書房の復興に全力を尽くしていたのですが、伊藤禱一さんが思っているような復興を果たす事ができませんでした。

その為、自分自身で新たな出版会社を開業したのが第二書房という事なのです。第二書房は、元々第一書房の流れをくむような歌集や詩集、またはドキュメンタリー作品などの単行本の出版をされていましたが、時代の流れに合わせて薔薇族が創刊されました。

他とは違う特徴を持つ薔薇族の魅力

文通欄も人気だった薔薇族

多くの方が誤解されていますが、伊藤文學さん自身はれっきとしたノーマルの方ですので、同性愛に造詣が深いといった事ではありません。

伊藤文學さんが立ち上げた薔薇族は、他の会員制などとは少し毛色が違っていました。

定番のヌードグラビアや成人向けゲイ漫画、大人気の官能小説など過激なポルノ内容が売りの雑誌である事は間違いありませんが、ポルノ以外にも同性愛や当時話題になっていたエイズや性病などについても、ちゃかす事無く真剣に向き合い取り組んでいました。

また現在ではコメンテーターとしても大人気のおすぎさんが、当時いきおいのあったサブカルチャーにかなり特化したコラムの特設のコーナーがあるなど、これは他の会社とは違ったエンターテイメントが詰まった雑誌になっておりました。

特に他のメーカーにはない文通欄が大人気で、現在ほど出会いの機会が無かったホモの方々には大好評になっていました。

こういった薔薇族がここまで大人気になったのは、創刊に尽力した藤田竜さんと間宮浩さんの力が実はかなり大きいと言われています。

また藤田竜さんと間宮浩さんは、伊藤禱一さんが、ノンケのノーマルであったのに対し、しっかりとゲイの視点から雑誌を作成する事に大きな力になってくれました。

初めて企業広告を掲載した薔薇族

イベントでも見かけることが多い薔薇族

藤田竜さんと間宮浩さんはお二人ともゲイの中では最も多いと言われている「スポーツマンタイプの男性」が好みだったという事もあり、多くのゲイマジョリティ派の支持を集め、ホモの中でもポピュラーな物を作成する事ができました。

薔薇族がゲイ雑誌のスタンダードと言われるようになったのは、藤田竜さんと間宮浩さん二人の力によるものだと言われています。

しかし薔薇族は、インターネットの普及により雑誌よりも過激な内容の動画や画像、漫画などをインターネット上で見られるようなっていたり、ガチムチ系やガチデブ、フケ専、イモ系、オケ専、ガッチビ、ガリ、熊系などどれか一種類に特化したゲイ雑誌が台頭してきた事もあり、徐々に売り上げ部数を落としていってしまいます。

そしてついに2004年の6月に33年の歴史に幕を閉じる事になります。

しかし最終号では、発売当初から市民権を得る事が難しかった中で伊藤さんが悲願だったオリジナルのコンドームを発売するメーカーの広告が掲載され、企業広告を掲載した初めてのゲイ雑誌として名を残しています。

2016年現在までに、薔薇族は3度の休館をはさみながら形を変えながらも発行を続けています。

当初の雑誌形式とは違い、現在ではコミケのイベントなどで発売されるようになっていますが、薔薇族が昔からのファンが多く買い求める人気のアイテムであることは変わりありません。

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